大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)93号 判決 1978年6月23日

大阪府豊中市上野西三丁目一三の一八

上告人

矢野武雄

同所

上告人

矢野ハル

大阪府豊中市永楽荘三丁目七番二四号

上告人

矢野義雄

上野八丁目二八番地

上告人

岡本静子

右四名訴訟代理人弁護士

駒杵素之

大阪府池田市城南二丁目一番八号

被上告人

豊能税務署長

斎藤元公

右指定代理人

奥原満雄

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五〇年(行コ)第五〇号譲渡所得課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年四月一五日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人駒杵素之の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲)

(昭和五二年(行ツ)第九三号 上告人 矢野武雄 外三名)

上告代理人駒杵素之の上告理由

第一点

一、控訴審判決は左記のとおり本件事実を誤認し、よつて法令の適用を誤つたものである。

即ち、本件の争点とするところは、昭和四六年三月四日付豊能税務署長によつてなされた昭和四二年度分所得税更正決定のうち、同決定により、課税所得とされた一・二八八万円の所得の性質にある。

二、同性質に付、控訴審判決は上告人らの大阪府知事に対する農地買収処分無効確認請求事件(昭和二五年(行)第一七号)が上告人らの勝訴に確定するならば、土地の売渡し処分を受けた訴外井上鶴松はその所有権を取得しなかった事となり、従つて井上より買受けた武部芳松も同土地の所有権を失う事となる。一方、同土地は上告人の所有権を回復することとなつて、その結果を回避すべく、他方、上告人らも同行政訴訟に勝訴判決を得ることが確実でないところから、相互に譲歩して本件調停を成立せしめたものである。

上告人らと武部芳松との間には現実に訴訟を提起されていなかつたが、両当事者間における民事紛争の本質は上告人らが武部芳松に対し土地の所有権を主張し、武部がこれを争うところにあったと認定し、前記の譲歩の結果、土地を二分し、北半分に付、上告人らに所有権を回復せしめ、南半分は武部芳松が所有権を保全したものであるが、北半分も武部芳松が占有しているところから、上告人らとしては北半分の所有権回復と類似する経済的効果を得べく第一次的に金員の給付を、第二次的に土地所有権の回復を計ることに両者の意見が一致をみたものである。右認定を前提として結極、武部芳松が上告人らに支払を約した金員の性質は、本件北半分の土地の代償にほかならず、それはまさに土地の譲渡代金に類するものと判示した。

三、しかしながら、右は甚だしく事実を誤認するものである。即ち、上告人らと訴外井上鶴松との間の本件土地に隣接する農地について、前記大阪地方裁判所昭和二五年(行)第一七号事件の他に、右当事者間の小作関係の有無について争われ(大阪地方裁判所昭和二五年(ワ)第一五三四号土地明渡請求事件、原告矢野武雄他被告井上鶴松他)結極井上鶴松に農地小作権が存在しないことが確認され、一審昭和三〇年八月二五日、二審昭和三二年九月一七日、三審昭和三四年六月二六日いずれも原告勝訴の判決がいいわたされ確定していたものである。したがつて、本件土地についても小作権の不存在が確認されることは、十分に推測されるところから、本件につき、かねて所轄農地委員会より和解々決方の懇請がなされていたところであつて、上告人らにおいては、その勝訴につき十分の見とおしを有していたものである。

上告人らに於いては、なんら和解の必要もなかつたところ、右のとおり所轄委員会より、農地買収の非をみとめて、解結をもとめてきたものであるが、行政当局として、金銭買収による解結の前例も少ないところから、その間の事情を地元民として十分承知して買受けた所有者武部芳松を説得の上、将来農地買収無効事件敗訴の可能性をとき、してみれば、右武部も所有権を失うべきことを説明して、行政庁にかわり、損害賠償金を上告人らに支払って解決することとなつとくせしめ、そのけつか上告人に損害賠障支払による和解をもうしでてきたものである。

控訴審は上告人らと武部芳松との間に民事紛争が存するかのごとき前提を設定されるが、現実には、右当事者間にはなんら粉争関係はなく、又、上告人らが前記行政事件に勝訴すれば武部芳松においては、これに対抗すべき何等の抗弁も有しない状況にあつたのである。上告人らの紛争の趣旨とするところは、あくまでも行政庁の不法買収処分の無効を訴求するにとゞまり、同事件の訴外たる武部芳松に対しては何等請求すべきところがなかつたものである。

してみれば上告人らは、買収処分の違法状態を排除すべく訴求していたものであり、従つてこれが示談解決に応ずるにおいては、処分状況を排除して土地の所有権を確保するか、或はそれにかわる賠償金を取得して違法状況を補填するいずれかの他になく、結極武部芳松の占有状況を考慮して後者の方法をもつて満足すべく武部芳松が右行政庁の損害賠償支払により損害の填補すべき責務を代位して履行せんとする方法をもって了承するに致ったのが本件解決の本旨であつて、本件和解調書もその趣旨にのつとり作成されたものであり、したがつて同調書(大阪地方裁判所昭和四一年(自セ)第四号調書)においても、その調停条項第二項に武部芳松が支払うべき金員が損害賠償金であることを明記したものである。

四、控訴審が本件事件の推移を誤認し、あたかも上告人らと武部芳松が前記行政事件(昭和二五年(行)第一七号)の将来の推移を危惧し、相互に譲歩したかの如く認定するが、上告人らと武部芳松との関係は将来において上告人ら勝訴のあかつきには武部に対し土地の明渡しを求める事となるのは事案の性格状当然の帰結ではあるが、上告人らと武部芳松との関係は、武部が本件の買受人たる井上芳松から土地を譲り受けた為に、将来利害の衝突が予想される他には何等権利関係はなく、したがつて相互に接渉し譲歩しあうべき当事者ではありえない。

又、解決の手段として、土地の所有権を各二分の一宛確認しているとするも右は、武部芳松の義務不履行のさいの債権確保手段にすぎず、したがつて上告人らに於いて、二分の一の土地を金員にかえたかの如く構成し、これを現金化した事につき、上告人らの所有土地の譲渡所得と指成するには一つの疑性と称せざるを得ない。

五、上記の如く本件は上告人らにおいて金一・二八八万円を買収処分の違法行為に対する損害金として受領したものである。即ち、昭和二二年二月二日本件対象土地に対しなされた自作農創設特別措置法第三条にもとづく買収処分は、処分庁による上告人ら先代に対する不法行為であり、これに対し行政庁側に損害賠償義務が存すべきところ、武部芳松はこれにかわって、同賠償金を弁済したものである。所得税法上非課税所得たるべき所得に該当するものである。原判決を取消し、相当の判決を求めて本上告理由の提出に及ぶ。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例